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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14402号 判決 1993年4月16日

原告

内藤隆

右訴訟代理人弁護士

別紙代理人目録記載のとおり

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

西道隆

外四名

主文

一  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する平成二年六月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金三〇万円の担保を供するときは、右執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年六月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を払え。

第二事案の概要

弁護士である原告は、平成二年六月一七日、上野公園水上音楽堂で行われた集会(以下「本件集会」という。)及びそれに続くデモ行進(以下併せて「本件集会等」という。)の開始前、午前一一時三〇分頃から同公園東門付近で同僚弁護士二名とともに警察官による職務質問や所持品検査(以下両者を併せて「検問」という。)を監視する活動に従事していたが、その際、検問中の警察官に暴行を加え右警察官の公務の執行を妨害したという公務執行妨害罪の嫌疑で現行犯逮捕され、その後警察署に留置されて約三三時間後に釈放された。本件は、原告が右現行犯逮捕は違法であり、これによって弁護権の侵害による無形の損害、弁護士職に対する侮辱(名誉、信用の毀損)による精神的苦痛及び身体拘束による精神的・肉体的苦痛を受けたとして、右不法行為に基づく慰謝料金一〇〇〇万円の損害賠償を求めるのに対し、被告が右の現行犯逮捕は適法な行為であるから不法行為を構成しないとして原告の主張を争っている事案である。

一争いのない事実等

1  当事者

原告は、昭和五四年日本弁護士連合会に弁護士登録をし、現在東京弁護士会に所属する弁護士で、本件現行犯逮捕当時、弁護士経験一一年で三九歳であった。

被告は、国家賠償法にいう公共団体であって、警視庁機動隊員らは、被告に所属する公務員である。

2  原告らの検問監視活動の状況

平成二年六月一七日、「今こそ安保をなくそう六・一七集会」と題する本件集会及びそれに続くデモ行進が行われた。当日は、正午頃から午後三時まで、市民団体、労働組合等約一〇〇〇名が参加して上野公園水上音楽堂において本件集会が開催され(<書証番号略>)、本件集会参加者は、午後三時一五分ころからデモ行進に移り、上野公園から千代田区西神田二丁目三番地所在の西神田公園までデモ行進をして、午後五時三〇分ころ右公園で解散した。

本件集会等に先立って、その主催者代表者福富節男から原告、弁護士内田雅敏及び同芳永克彦を含む弁護士複数名に対して、本件集会等の当日、集会会場周辺で集会参加者に対する警察官による検問について、これを監視し、もし違法な検問が行われ、あるいは、行われようとする場合は、当該検問中の警察官に対して、違法な検問を行わないように説得し、抗議する等の活動(以下「検問監視活動」という。)に従事することを要請してきた。平成二年六月一一日、原告、弁護士内田及び弁護士芳永は右要請を受諾した(内田証言二三頁、原告供述八頁、<書証番号略>)。

本件集会等の当日、上野公園東門には、芳永弁護士、内田弁護士、原告の順に到着し、午前一一時三〇分頃から検問監視の態勢をとっていた。午前一一時五〇分頃、東門と道路(不忍通り)を隔てた反対側の歩道(以下「本件歩道」という。)に面した喫茶店タンポポ(以下「タンポポ」という。)前で警視庁第七機動隊第一中隊第三小隊の機動隊員から集会参加者(A、B、C、Dの四名。以下「Aら」という。)が検問を受けている状況(以下「本件検問」という。)を目撃した原告は、道路を走って渡り右現場に赴いた。

原告は、その場の状況から右機動隊員が集会参加者に対して無理やり検問をしようとしていると判断し、右機動隊員に囲まれている右集会参加者を囲みから解放するために右機動隊員の間を割って入ろうとしたところ、右機動隊員の最後尾(上野駅寄り)のタンポポ側で楯を持って検問活動をしていたE巡査によって、検問活動中の機動隊員の公務の執行を妨害したという公務執行妨害罪の嫌疑で、同日午前一一時五〇分ころ現行犯逮捕(以下「本件現行犯逮捕」という。)された。

3  逮捕後の状況

本件現行犯逮捕後、原告は警視庁上野警察署に引致され、その後東京地方検察庁に送致されたが、逮捕から約三三時間後の平成二年六月一八日午後八時五三分に釈放された。

二争点

本件の争点は、概括的にいえば、原告に対する本件現行犯逮捕の適法性及び違法である場合の原告の損害の二点である。このうち本件現行犯逮捕の適法性の争点については、公務執行妨害罪の前提となった公務である本件検問の態様とその適法性の問題、さらに、原告による暴行の有無等の問題に分けて検討し、判断する必要がある。そこで、以下の具体的争点毎に、これに関する原、被告の主張を整理した上、順次検討する。

1  本件現行犯逮捕の適法性

(一) 本件検問の態様

(二) 本件検問の適法性

(三) 原告の暴行の有無等

2  原告の損害

三争点に対する当事者の主張

1  本件検問の態様(争点1(一))について

(被告の主張)

(一) タンポポ前における検問の態様

(1) 検問の目的等

警視庁第七機動隊第一中隊第三小隊のF小隊長以下一〇名は、平成二年六月一七日午前一一時ころから、上野公園東門と不忍通りを隔てて反対側にあるタンポポ前の本件歩道上で、本件集会等参加者などに対する検問に当たっていた。同所で検問をするようになったのは、本件集会等への参加者が増え、東門から集会会場へ入ろうとする者に対する検問の場所を増やす必要があり、その旨の上司の命令を受けたからであった。

F小隊長は、本件集会等が極左暴力集団や市民団体等約一〇〇〇名が参加して行われるもので、参加者の内約八〇〇名が戦旗荒派を中心とした反中核系の極左暴力集団であること、警備情勢として、戦旗荒派がその年の秋に予定されていた即位の礼・大嘗祭を粉砕すると表明していること等から、極左暴力集団が不穏な動きに出るおそれのあることなどを本件集会等の警備の事前会議で聞いており、さらに、本件の前々年の昭和六三年に開かれた本件と同趣旨の集会では、戦旗荒派が武装した上、会場内に大量の牛乳ビンやコーラビンを持込もうとした所を検問により発見し、ビン等を預り措置にしたという情報も得ていたことから、主として、集会等参加者によって、集会会場内に危険物が持込まれることを防止する目的で検問を行った。

(2) 検問の対象者

F小隊長らが行った検問は、集会会場内への危険物搬入を阻止するという前記目的のため、タンポポ前を通る本件集会等参加者と思われる者の内から、危険物を所持していると思われる者に対して実施することとし、対象者は、原則的にF小隊長が決定した。F小隊長の判断基準は、凶器、鉄棒、こん棒、角材、石等の危険物を所持しているか否かにあり、所持品のない者や、所持品があっても、例えば、女性や高齢者あるいは危険物に当たらないものを所持している者の場合は、検問対象から除外していた。これらの判断は、F小隊長の上司、G第一中隊長の意図するところであった。そして、所持品が危険物か否かの判断は、所持者の言動、服装、所持品の状態等から選別する事になるが、それは、その時々の具体的な状況によって行った。このことは、極左暴力集団と認められる者に対しても同様で、極左暴力集団のみを厳格に扱うつもりもなかったのである。また、警備方針としても、本件集会等が極左暴力集団多数の参加するものであるからといって、強制にわたる検問を推進するようなこともなかった。

(3) 検問の態勢

F小隊長ら一〇名は、通常は一般の通行を確保する意図から二列で本件歩道上をタンポポ側に寄って待機し、検問対象者の人数に応じて検問を行う機動隊員の数を決めていた。なお、楯は、検問に資するため所持するものではなく、部隊配備の際には部隊に対する不測の攻撃に備えて防護用に所持するものであり、所持する隊員の数は配備員数の三分の一程度が通常であるから、F小隊長もこの例に従って所持させていた。

(4) 検問の方法

F小隊長らのタンポポ前における具体的な検問の方法は、本件集会等参加者のうち、危険物を所持していると思われる者に対して、その協力を得て所持品を見せてもらう、協力依頼に応じない場合は説得をし、それでも応じない場合は検問を打ち切る、というものであった。そして、説得の過程で対象者の前面に出て説得をする、あるいは、説得に応じないでその場を立ち去ろうとする者に停止を求めるため、たまたまその体や所持品に触れることがあっても、それは、所持品を見せようとしない者に対し、強制的に停止させようとしたり、所持品の内容を確認するために行った行為ではない。

F小隊長らは、そのような方法によって、平成二年六月一七日午前一一時ころから本件検問を行うまでの間、タンポポ前において、二、三名の対象者に検問を実施し、いずれも、当初は所持品の提示を拒否されたが、説得によって所持品の提示を受けて中身を確認し、検問の目的を達成していた。

(二) 本件検問の経緯及び状況

(1) Aらの発見

F小隊長らは、平成二年六月一七日午前一一時四五分過ぎころ、タンポポ前で待機中、五、六〇メートル先の本件歩道上を台東簡易裁判所前交差点方向から、タンポポ前方向に向かって歩いてくる四名の男(Aら)を発見した。A小隊長らは、Aらが白いポロシャツを着て、黒い帽子をかぶり、サングラスをかけるなどの格好に、ショルダーバッグやナップザック、スティール製の棒を所持しているのを認め、本件集会等参加者であるとの判断をした。

(2) Aらの不審な行動

Aらは、F小隊長らの前方約三〇メートルのパークサイドホテル前に至ると、F小隊長らを見て立ち止まり、その後、ショルダーバッグやナップザックを肩や背中からはずし、地面に置くなどしてそれらを開いて中に手を入れ、中の物を確認しているような行為に出た。このため、F小隊長は、Aらが所持している石などの危険物を確認したり捨てようとしたのではないかと思い、Aらを危険物を所持している不審者として、検問を実施することとした。

(3) 本件検問での隊形

そこで、F小隊長は、機動隊員を本件歩道上の車道側とタンポポ側それぞれに五名ずつ分けて向かい合う形で二列に並ばせ、一般の通行を確保するため、全体として車道側に寄せ、F自身は、タンポポ側のAらに一番近いところに位置した。その列は、全体で三メートルくらい、向かい合う機動隊員間の距離は1.5メートルくらいの形をなし、楯を所持する機動隊員は、それぞれの列の、Aらとは遠い位置となる上野駅側に二名ずつ並び、楯は、互いに向き合う方向に置いた。これは、前記のような不審な行動を取り、危険物を所持していると思われるAらがまとまった形でタンポポ方向に進行してくることから、これに対応して検問を効果的に行うために最も適した隊形であるとF小隊長が考えた隊形である。しかも、この隊形は、検問に反発する本件集会等参加者による外部からの投石や、本件集会等に反対する団体等による攻撃等、あらゆる不測の事態に対処するのに最も適した隊形でもあったのである。

F小隊長は、Aらが検問に協力する姿勢を見せれば、その後は一、二名の機動隊員によって検問を実施する考えを持っていたのであって、このことは、楯を所持する機動隊員をAらから離れたところに位置させ、検問の妨げにならないよう配慮したことからもうかがえる。右隊形は、Aらを中に入れて取り囲み、強制的に検問を行う目的でとられたものではない。

(4) Aらに対する検問の実施

Aらが立ち止まってから一分くらいした後、再びタンポポ方向に縦一列になって歩いてきたので、F小隊長は、先頭の男が部隊の直前に至った段階で、検問をするためその男の側面付近から右手を出して、停止を求める仕草をしながら、四名に向かって「ちょっと待って下さい。持ち物を確認させて下さい。」というような言葉によって停止を求め、検問に応じるよう依頼した。

すると、Aらは、立ち止まることなく、各々持っていたショルダーバッグやナップザック等を両腕で抱え込むやいなや、四名が一列のひとかたまりとなった状態で、F小隊長が停止を求めて出した右手を無視して、無言のまま、機動隊員の列の間を走り抜けるようになだれこんで来た。そのため、機動隊の列も凝縮された形となって乱れ、その場は、機動隊員の間を突破しようとするAらと、これを停止させようとする機動隊員とが入り混じった状態となった。

F小隊長らは、Aらの検問を実施するため、右状態の中で、Aらの前面や側面から、「ちょっと待ちなさい」とか、「持ち物を見せなさい」などと説得したが、Aらは、勢いを弱めることなく、なおもその場からの突破を試み、その時になって「関係ないだろう、どけ」などと大声を出し始めながら、体ごと機動隊員を押込む行為を続け、機動隊の列の後部にいた機動隊員が所持していた盾に体をぶつけてきた。

部隊の最後尾に位置して説得に当たっていたE巡査は、左手で楯の内側中央部分にある取っ手をつかみ、右手でその右上にある補助取っ手をつかんでAらの方向に向けて浮かした状態で楯を所持していたところ、Aらのうち二名くらいの体がいきなりその楯にぶつかって来たため、勢いに押されて、楯が道路側に、道路に対して平行状態よりさらに上野駅方向に開いた状態まで回転させられてしまった。その時、E巡査の右側(道路側)には、楯を所持したH巡査が、E巡査とは三〇センチメートル以内の間隔の所にいて、Aらの説得行為に当たっていた。この直後、後記のとおり原告によるE巡査に対する公務執行妨害事件が発生した。

F小隊長らは、Aらが説得に応じる気配を見せない上、公務執行妨害事件の発生に伴って、タンポポ前及びその周辺に応援の機動隊員のみならず検問監視活動中と思われる者らも合わせて数十名近く集り、怒号等が飛び交い、新たな混乱状態を呈したため、その場の整理及び抗議等への対応に当たらなければならなかったことや、E巡査が原告を逮捕したことによって、その身柄の奪還防止等の措置をとる必要があったことから、これらを優先させて、Aらに対する検問を中断することにした。そのため、Aらはその場の混乱に乗じて立ち去ってしまい、結局、Aらの所持品について危険物の有無を確認することができないままになり、所持品検査は実施されなかった。

F小隊長らがAらに対して説得行為を続けている間、前記のようにAらは機動隊員の列を力をもって突破しようとしたのであって、このような状況の中で、機動隊員がAらの前面、側面あるいは背後からその身体あるいは所持品に手をかけたり、機動隊員の楯がAらの正面にあってAらの進行を阻止するような形になったことはあった。しかし、検問をしようとした不審者がその場を強行突破しようとしている状況で、その強行突破をそのまま許すのであれば、危険物所持の疑いのある者をみすみす集会会場へ入場させることとなり、その後の違法行為の発生に結びつくことが懸念されるのであるから、それを阻止するため、右不審者の身体、服装の一部分や所持品の一部分に触れ、あるいは手をかけて停止を求めることは当然のことというべきである。

(原告の主張)

(一) 本件検問の概要

(1) 本件検問で職務質問は行われていない。

本件集会等参加者に対する検問は、被告も主張するように、会場内への危険物の持込みを防止することで、会場内での違法行為あるいは内ゲバや右翼団体との衝突等の事態発生を防止することが目的であったのであるから、専ら所持品検査を目的としたものであったということができ、このことは、本件検問にも該当する。そして、本件検問においては、F小隊長らによる発言とAらの身体や所持品に手がかけられる行為とが同時なのであり、その発言も身体あるいは所持品に手をかける動作に伴ったものに過ぎず、所持品検査とは別個の職務質問や、検問に対する任意の承諾の要求と評価できるものではない。

(2) 本件検問において所持品検査は行われている。

本件歩道上を台東簡裁前交差点から上野駅方向に歩いてきてタンポポ前に至ったAらは、タンポポ前にいた機動隊員の一人から通せんぼをするような格好をされて、その場に二列に並んだ機動隊員の間の狭い通路に入らざるを得ない状況になった。そして、その列の間に入った段階で機動隊員により進行方向前方の端を楯二枚で塞がれて、進行を阻止された。その時のAらの状態は、進行を阻止されただけではなく、縦一列の状態で前後左右を間近から包囲されるというものであった。

Aらが、F小隊長らの列の間に入って楯の前五、六〇センチメートル程のところで停止した段階で、F小隊長らから実力行使による所持品検査を受けた。すなわち、Aらが体の前に抱えたり、背負っていたりしたかばんを引張られ、ボディーチェックをされるような形で体に触れられた。このため、一列になったAらの前から二番目にいたBが背負っていたナップザックが、ナップザック本体の上部に付いているジッパーのところから開けられ、中の荷物が飛び出しそうになるくらいであった。

また、F小隊長らは、承諾の有無にかかわらず、Aらの所持品の確認が完了するまで本件検問を継続する予定であった。それは、F小隊長らがAらを解放する動きを全く示していなかったことからも分かる。F小隊長らによる検問の打切り等の指示は、部隊長であるFがすることになっていたが、Aらが機動隊員の包囲から逃れたのは、Fの指示によるものではなく、F小隊長の違法検問に原告や芳永弁護士、内田弁護士らが駆け付けて説得・抗議を始め、原告が逮捕されるという混乱状態の中で、機動隊員の注意がAらに向けられなくなった結果に過ぎない。

(二) 本件検問における所持品検査の実態

(1) 本件検問で機動隊員らがとった隊形

Aらがタンポポ前に近付いた段階でF小隊長らがとっていた隊形は、本件歩道上のタンポポ側と車道側に分けて五名ずつの機動隊員が向かい合う形であり、各機動隊員間の間隔は肩と肩を接する状態であった。F小隊長らの列の間の距離は、被告が主張するように1.5メートルもあったとは考えられず、人一人がやっと通れる程度のものであった。F小隊長らの中で楯を持っていた機動隊員は、Aら全員が列内に入った段階でそれぞれ台東簡裁前交差点方向に向きを変え、道路を塞ぐ隊形をとった。この様な隊形での検問をトンネル状検問と呼ぶが、これは、F小隊長の臨機の判断の結果ではなく、通常の過程の中で当然の動きとしてとられたものである。

このトンネル状検問隊形は、まず第一に、両側の機動隊員の列に被検問者を挟みこむものであり、第二に、楯を持った機動隊員が列の奥に配置されているものである。これらの点からみて、被告が主張するように任意に所持品を提示するよう説得したり、一時停止を求めるためのものではなく、被検問者の行動の自由を奪い、被検問者を事実上抗拒不能の状態に置いて、その身体や所持品を両側から検索するための隊形である。

(2) 所持品検査への着手

本件検問でとられた隊形は所持品検査を強度の実力行使によって実施するためのものであり、その隊形は、Aらがタンポポ前方向に歩いてきた際にパークサイドホテルの前で一旦停止し再度歩き始めた段階で形成されている。そうであるとすれば、F小隊長らは右所持品検査を実施する意図を持っていたのであるから、F小隊長らがAらを機動隊員の列の中に引き入れた時に所持品検査に着手したということができる。

(3) 所持品検査に対する承諾の可能性

本件検問は、被検問者の承諾がなく、また、承諾の可能性がないことを承知で実施されたものである。

本件集会等を主催した福富節男ら市民活動家は、集会の度に繰り返される違法検問(違法所持品検査)にかねてから重大な関心を示し、集会の都度、違法検問に対応する手引を作成して配付し、集会会場においてパネルを使うなどして違法検問に抗議し、参加者に検問に応じないよう訴える演説をしており、本件集会等においても同様であった。本件で原告が応じた弁護士による検問監視活動はその一環である。これらの活動は、集会等参加者の面前で言論によって行われていたことであり、これによって、集会参加者が検問に対して安易な態度を取ることはあり得ず、任意の所持品検査に応じる可能性など無いことは、警備当局として十分に承知していることであった。

(4) Aらの不審な行動の不存在

Aらは、本件歩道上を台東簡裁前交差点方向から上野駅方向に歩いてきて、パークサイドホテルの前で立ち止まったが、それは、タンポポ前の不忍通りの信号が青に変わるのを待つためであり、そこでは持っていた荷物を持ち替えたり、荷物の中身を確認したりすることはしていない。

Aらは、以前にも六月行動の集会等に参加して検問を受け、あるいは他の者が検問を受け荷物を無理やり開けられる場面を見た経験から、六月行動に対して必ず機動隊の検問があることを予期して本件集会等にも参加していたのであって、F小隊長らを見て、急遽荷物を気にかけるなどということはあり得ない。また、被告が主張するような行動が機動隊の疑惑を招くことも十分承知していたのであって、わざわざF小隊長らの三〇メートル手前まで接近して、何をしているのか見てくれといわんばかりにF小隊長の方を向いて荷物の中身を点検するなどという、愚かな行動をするはずもない。

2  本件検問の適法性(争点1(二))について

(被告の主張)

(一) 検問の法的根拠

本件で用いられる「検問」という用語は、職務質問又は所持品検査あるいはその双方を意味するものであるが、敷えんすると、一定の目的をもって行われる集会及びデモ行進(以下「集会等」という。)に当たって、機動隊員等警察官が、その参加者による集会会場内への危険物の持込みを防止し、あるいは、集会等に反対する意図から集会等参加者を装って集会会場内へ入り込もうとする者らの潜入を防止する目的で、集会会場入口付近等において、右に該当すると認められる者等に対し、停止を求めた上で、必要な事項を質問し、その結果、所持品検査の必要性があると認められればこれに応じるように説得を行い、相手方の承諾が得られれば所持品検査に着手し、説得しても拒否された場合には、所持品検査の必要性、緊急性など一定の要件の下に、強制にわたらない程度の実力行使によって所持品等の検査を行うといった一連の行為をなすことを意味する。

右の態様で行われる検問の法的根拠は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項に求められる。しかし、それだけにとどまらず、治安又は公共の安全に重大な脅威になり得るような集会等の参加者に対する持ち物の点検などの規制の場合には、警察法二条一項に定められた警察の責務を根拠としてもなし得るのであって、必ずしも警職法二条一項の定める要件に厳格に拘束されないと解せられる。本件集会等は、公共の場所におけるものであること、それに続くデモ行進が予定されていること、参加見込人員の八〇パーセントが暴力集団であること、過去の同種集会及びそれに続くデモ行進の際に公務執行妨害罪等で被逮捕者が出ていることから、場合によっては治安又は公共の安全に重大な脅威になり得る行動であるということができ、本件集会等の参加者に対する検問は、警察法二条一項を根拠として、通常の職務質問よりも緩やかな要件に従って判断することができると解すべきである。

(二) 本件検問の必要性

(1) 本件集会等における検問の一般的必要性

本件集会等においては、集会参加者等に対する検問が以下の事情から必要であった。

本件集会等の主催者団体は、昭和五五年六月以来毎年いわゆる六月行動の主催者となっており、極左暴力集団や労働団体、その他の団体によって構成されている。本件集会等でも約一〇〇〇名の参加見込人員の内約八〇〇名がいわゆる極左暴力集団であり、その主流を占めていた反中核系のグループである戦旗荒派、第四インター、プロ青同は、過去に、成田闘争、反安保闘争、反皇室闘争等として、火炎ビンや時限式発射装置付金属弾あるいは鉄パイプ、ハンマー、石、牛乳ビン、角材等を用いた過激な暴力的破壊行為によるゲリラ事件や街頭武装闘争を繰り返し敢行している。そして、この六月行動自体も、過去の集会等において、検問中の機動隊員に暴行を加える、デモ行進中規制に当たっていた機動隊員に暴行を加える、デモ解散地で投石するなどにより公務執行妨害罪等で被逮捕者を出している。特に、戦旗荒派は、本件の前々年の集会等において、籠手やすね当て等で武装した上、牛乳ビン、コーラビン等約一〇〇本を集会会場に持込もうとした事実があった。本件集会等に向けては、同派の機関紙、ビラにおいて、「全国各地での反戦・反基地闘争、反天皇闘争、三里塚闘争など、日本人民のあらゆる戦いを結集して、6月反安保行動を成功させよう。6.17へ決起しよう!」等と、過激かつ不穏当な表現による取組姿勢を数回にわたり表明していた。

また、本件集会等参加団体のいくつかの極左暴力集団は、過去、内ゲバ事件に関与した事実がある。前記の戦旗荒派、第四インター、プロ青同に対しては、これらと対立関係にある戦旗両川派が、本件集会等が行われるほぼ半年前から直近に至るまでの間に、同派の機関紙上で、右対立するグループに向けて「決して容赦しない」、「解体しなければならない」などと、過激かつ不穏当な表現による内ゲバ敢行の意思表示を繰り返し表明していた。極左暴力集団の内ゲバ事件は、攻撃する側のグループで実行行為を担当する者が隠密裡に計画し、実行に移すのが常であり、しかも、実行行為者は、グループ内では表立った活動に当たる公然活動家とは別の非公然活動家であることから、内ゲバの時期、場所、方法等は予測が困難であり、本件集会等においても内ゲバ発生の危険性があった。

さらに、六月行動は、本件集会等のテーマのひとつとして、即位礼・大嘗祭の反対を掲げていたことから、皇室を擁護する立場の右翼団体がこれに反発して、六月行動へ向けた攻撃等不測の事態が予想された。現に、沖縄国体会場で掲揚中の国旗を引き下ろし火をつけて燃やしたという器物損壊罪等に問われた者が、本件の前々年の六月行動の集会に参加したことに関連して、右翼団体がその時の集会後のデモ行進に襲いかかる事件が発生している。その他、極左暴力集団による皇居等皇室施設に対する火炎物発射事件等の報復として、右翼団体が極左暴力集団に攻撃を加えたり、その集会の妨害を企て、集会会場内へ入り込み、爆発物を設置しようとして誤爆させるなどの事件が敢行されていた。

以上のような事情に鑑みれば、本件集会等参加者、あるいは、これと対立する組織・団体に属する者によって会場内に危険物が持込まれた時は、これが警察官等に対する違法行為の手段として用いられ、あるいは内ゲバ、右翼団体との衝突の際の道具等に用いられることが予想されたことから、これを未然に防止するために集会参加者等に対する検問が必要だったのである。

(2) 本件検問の具体的必要性

右のように、本件集会等の集会会場において検問を行うことについては、その必要性があった上、Aらに対する本件検問については、次のような具体的な必要性があった。すなわち、Aらは、前記のとおり、機動隊員の姿を認めた後一旦停止してその所持品の中に手を入れ、危険物を隠したり、捨てようとしたと思われる不審な行為に出ていた。そして、所持品を確認する行為に出ようとした過程で生じた混乱状態の中で、機動隊員らがAらの前面、側面あるいは背後からその身体あるいは所持品に手をかけたことについても、Aらが適法な停止要求に対して強行突破をしようとしたのであるから、その必要性が認められる行為であった。

(三) 本件検問の適法性

大阪地方裁判所昭和六三年三月九日判決では、警職法二条一項の職務質問を行うための要件である被質問者の不審事由について、現場における被質問者の挙動自体及び周囲の客観的状況のほか警察官側の持っている事前の知識や情報等を総合的に考慮し得るものであるとされ、被検問者がかつて違法行為を行った事実のあること、極左暴力集団が集会に参加する旨の情報があったこと及び被検問者に右翼との衝突のおそれがあったこと等から、被検問者には何らかの犯罪行為に出ると疑うに足りる相当な理由があるというべきであるとして、被検問者の不審事由の存在が認められている。

本件においては、本件集会等の参加団体についは、右裁判例が当該被検問者に認めた不審事由をはるかに上回る不審事由が存在するのであるし、Aらが不審な行為に出ている事実が存在することも加味すれば、F小隊長がAらに対する検問を実施したことは、警職法、警察法のいずれに照らしても、当然の職務執行であり、本件検問には何ら違法となる点はない。

(原告の主張)

(一) 所持品検査の適法要件

職務質問に付随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであり、所持人の承諾を得て行うことが原則である。承諾のない所持品検査は、捜索に至らない程度で、強制にわたらない所持品検査であれば、その必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があるに過ぎないというべきである。

本件検問のように、専ら所持品検査をする目的で、職務質問がされずに承諾なく所持品検査が行われた場合の適法性は、右の承諾のない所持品検査の要件に従って判断されるべきである。

(二) 本件検問の違法性

(1) 本件集会等には検問の必要性、緊急性を基礎付ける事情はない。

ア 本件集会等及び六月行動の実態

本件集会等の主催者は、数学者でありべ平連当時から一貫して非暴力平和運動に取り組んできた福富節男や、古書店主であり天皇制に関する多数の著作を有する天野恵一らの市民活動家であって、被告が主張する極左暴力集団が主催者となった事実はない。また、本件集会等においてそのような団体の参加人員が全体の一〇〇〇名中八〇〇名にもなっていた事実はない。本件集会等は、終始平穏に終了したのであって、本件集会等参加者らが危険物を会場内に持込んだり、違法行為に及んだり、内ゲバや右翼団体との衝突等の事態が発生したりしたことはなかったのである。

本件集会等は、一九六八年のベトナム反戦デモにその源があり、一九八〇年からは毎年六月に六月行動の名称で行われてきている集会・デモの行動である。この六月行動は、賛同するすべての個人・団体の参加を認め差別・選別しない、そのかわりに参加者は互いに、他の参加者が参加を逡巡したりするような行動や、共同行動を否定することになるような行動をしないことを約束する、という共同行動の原則に則って行われている。こうして、六月行動において危険物を使用しての物理的な闘争が行われたことは一度もないのである。

イ 過去の六月行動における違法行為の実態

被告が主張する過去の六月行動における違法行為の内、危険物が使用されたと主張する事件はデモ解散地において投石をしたという一件に過ぎず、その危険物使用の事実も、当時の被逮捕者の勾留状にも危険物使用の記載はなく、明らかではない。そして、集会前の検問を行うことで集会後のデモの解散地での投石行為を避けられる訳でもないから、被告の主張は失当である。

また、過去の六月行動において、参加者と機動隊員との間に若干の小競り合いがあり、被逮捕者がでたことはあっても、その主たる原因は機動隊員の側の強権的な所持品検査、挑発的なデモ規制にあり、一方的に参加者側に責めを帰することはできない。

なお、被告は、検問の必要性を基礎付ける事情として、本件集会等に参加する可能性のあった団体の過去の違法行為を主張するが、本件集会等が検問を必要とする危険なものであったか否かは、本件集会等それ自体に即して判断されなければならない。そうでなければ、別の場所で危険行為にでた者が参加しているとか、参加する可能性があるという口実さえあれば、すべての市民の表現活動に対して警察権力による人権侵害が許容されることになってしまうからである。

ウ 本件集会等において予想された違法行為の有無

被告は、本件集会等において違法な街頭活動、内ゲバ、右翼団体との衝突が予想されたと主張するが、過去にこのような行為はなく、その予想の根拠がない。かつて、集会において集会参加団体同士で緊張した関係になったことがあったが、それは一九七〇年のことであるし、主催者の介入によってことなきを得、その後そのような行動をする団体が参加しなくなったのであるから、本件集会等において上記のような行為がされることを予想させる根拠とはならない。

(2) 本件検問には具体的必要性がない。

Aらの本件検問直前の行動は、前記のとおりであるから、本件検問の具体的必要性を認めるべき事情は存在しない。

(3) 本件検問は保護法益の権衡からも許されない。

検問によって侵害される被検問者の法益と保護されるべき公共の利益との権衡についは、本件検問によって侵害された法益がAらの身体の自由、プライバシー、そして集会の自由であるのに対し、本件検問によって達成されるべき公共の利益は無いに等しくむしろこれに反しているのであって、比較以前の問題であるから認めることはできない。

(三) 検問の根拠について

被告は、検問の根拠として警察法第二条一項をも援用するが、右の主張は以下のとおり失当である。

警察法で定めているのは、警察の組織であって、警察の私人に対する権限ではない。同法二条は警察の責務を定めているが、これはその文言どおり警察という組織としての責務を明示したものに過ぎず、警察官がその職務を行う上での私人に対する権限は、この法律の目的とするところではない。この権限は、それを定めることを目的とする法律、すなわち警職法等の行政作用法によってのみ、その内容・範囲が定められているのである。

したがって、警察官の職務行為が相手方である私人の意思に反しない任意手段を用いている場合に、警察法第二条一項により、それが警察官の職務の範囲内であると解する余地があるとしても、本件での相手方の承諾のない検問のように、相手方の意思に反して、私人の権利を制限しこれに義務を課す場合は、それが適法であるというためには、その権限を定めた法律に基づくことが必要である。

3  原告の暴行の有無等(争点1(三))について

(被告の主張)

(一) 原告の暴行の事実

(1) E巡査は、F小隊長らの部隊の最も上野駅方向寄りのタンポポ側で、本件検問を突破しようとするAらに対し、検問に応じるよう説得を繰り返していたが、AらがE巡査の所持する楯にぶつかって来たため、その勢いに押されて、楯は両手で持ったまま道路側に右回転するように開き、地面から二、三〇センチメートルの高さで、道路と平行以上に、すなわち、上野駅方向に向くような状態となった。

その時、E巡査は、道路側から何か叫びながら走ってきたと思われる原告が本件歩道上に来ていたのを認めたが、瞬時のうちに原告が、右半身の姿勢で、その下半身の方から、E巡査が所持していた楯の中央付近で、地上から八、九〇センチメートルくらいの部分に飛び膝蹴りをするような格好でぶつかってきたので、一、二歩後ずさりした。

E巡査から一〇メートル余り上野駅寄りの福島会館前の本件歩道上で、警視庁第七機動隊第一中隊のG中隊長の伝令係として同中隊長らと共に警戒活動中であったJ巡査は、右の状況を目撃していた。J巡査は、原告が楯にぶつかった時、浮いた右足の太ももの内側が見えたので、その外側が楯に当たったと認めた。

(2) E巡査は、原告から右のような暴行を受け、それが公務執行妨害罪にあたる行為であるとは思ったが、目の前にいるAらが、同僚の機動隊員の間を今にも突破しようとしている状況にあったことから、Aらへの対応を優先させて、直ちに態勢を立て直し、再びAらに対する説得活動を続けた。

すると、原告が、E巡査とその右隣で楯を持ってAらの説得活動をしていたH巡査の背後からその肩越しに両腕を出して、さらに、両巡査の間から入りこみ、Aらを機動隊員の間から引出そうとするような行為に出た。そこで、E巡査は、H巡査と協力して、これを拒んだ。

ところが、原告が、今度は、Aらの方を向いていたE巡査の背後から、同巡査の右肩を両手でつかんで、前後に揺さぶった後、強く引っ張った。このため、E巡査は、タンポポの店頭に設けられた植込みの側壁まで二、三歩引出されて後退し、側壁に背中がもたれかかるように当たった。その時、E巡査は楯を左手に持ったままで道路側方向を向き、原告は側壁にもたれかかる状態で右斜め前方に道路を見る向きにいて両手はE巡査の右肩にあった。

(二) E巡査の逮捕行為

(1) E巡査は、原告が同巡査の楯に飛び膝蹴りをするように足をぶつけた時から同巡査の肩をつかんで引張りだした時までの、原告の一連の暴行の事実によって、原告を公務執行妨害罪の現行犯人と認めて逮捕した。

(2) E巡査は、植込みの側壁のところで、同巡査の肩に置かれていた原告の手を右手で振り払って直ちに逮捕しようとしたが、原告が先に態勢を立て直し原告から見て左斜め前方に道路を見る向きで二、三歩上野駅方向に進んだため、原告が逃走しようとしていると思い、直ちに背後から追って、原告の後から両腕を抱えこみ、「公妨で逮捕する。」と言って逮捕した。その時、楯は手から離していた。原告は、当初、「放せ、放せ」と言ってE巡査の手を振りほどこうとしたが、やがて抵抗するのを止めた。原告がE巡査の楯にぶつかってから逮捕されるまでは、約一〇から一五秒くらいであった。

(3) E巡査は、原告の逮捕に際しては、自らの判断で逮捕行為に着手したものであって、上司あるいは同僚機動隊員らの指示は受けていない。また、原告の逮捕者は、E巡査のみであった。E巡査には原告が弁護士であることの認識はなかったが、仮にあったとしても、原告の行為が公務執行妨害罪に該当する以上当然逮捕したものである。

(三) 本件現行犯逮捕後の措置

(1) G中隊長は、本件現行犯逮捕行為後、タンポポ前周辺が機動隊員や抗議活動を行う者らによって、騒然とした状態になったため、機動隊員に対する公務執行妨害事案発生の報告と被疑者の奪還防止を部下に指示し、かつ、直ちに、被疑者を警察署へ連行するために護送車の手配を指示した。その間、被逮捕者が弁護士であるから、すぐに放せというような抗議があったが、J巡査の報告から、E巡査の逮捕行為が適法な職務執行であると判断したので、抗議を受け付けなかった。そして、護送車が到着したので、原告、E巡査の外、原告の逃走防止と奪還防止のため、H巡査及びI警部補を同乗させて上野警察署へ向かわせて、その後、目撃者のJ巡査と部隊責任者のF小隊長も上野警察署に向かわせて、本件事件の円滑な捜査手続きを図らせ、自らは、残りの部隊を指揮して以後の警備に従事した。

(2) 上野警察署において、E巡査は、同署の司法警察員に原告の身柄を引致した後、現行犯人逮捕手続書、被害届を作成した。現行犯人逮捕手続書の「現行犯人と認めた理由及び事実の要旨」欄には、「Aらの勢いに押されて楯を開いたところに、原告が、道路側から何かを叫びながら走ってきて所持していた楯に右下半身で飛び膝蹴りをするような格好でぶつかり、このため、一、二歩後ずさりしたが、態勢を整えて、また検問をしようとしたところ、さらに原告から肩越しに右肩をつかまれて前後に揺すられ、強く引張られたためにタンポポの植込みの壁に背中がもたれるようになったので、原告を公務執行妨害罪の現行犯人と認めて逮捕した。」というような内容を記載した。すなわち、原告の暴行は、E巡査の楯に、右半身の姿勢で右足を曲げ、飛び膝蹴りをするように、その大腿部付近の外側部分をぶつけた行為及びE巡査の右肩を両手でつかみ、前後に揺さぶり、さらに強く引張った行為である。

また、J巡査は、原告がE巡査の楯に飛び膝蹴りの格好をして、その大腿部の外側をぶつけたこと等目撃した事実を現認報告書に作成し、F小隊長は、検問状況取扱報告書を作成した。

(3) 暴行に関する仮定的主張及び逮捕の必要性

仮に、被告が主張する態様の暴行がなかったとしても、原告が認めるように、原告はE巡査の楯を引張る暴行を行ったのであるから、E巡査のした本件逮捕により被告が責任を負ういわれはない。

また、原告は、E巡査に対する公務執行妨害行為をした後、E巡査から離れて上野駅方向に逃走しようとしたのであって、現行犯逮捕の要件である逮捕の必要性、すなわち、逃亡のおそれが認められる。

(原告の主張)

(一) 原告の違法検問の現認状況

原告は、上野公園水上音楽堂東門付近で、不忍通りを隔てた反対側の、タンポポ前本件歩道上の本件検問状況を現認した。原告の現認した検問状況は、十数名の機動隊員が数名の被検問者を取囲み、機動隊員の一人が被検問者の内の一名の背負ったナップザックをつかんでチャックを開けるように、その手を左右に動かしている、というものであった。

(二) 原告の本件検問の現場への接近状況と逮捕の状況

原告はこのような状況を見て、現場にかけつけて機動隊員にこの検問は違法であると告げて注意を喚起しようとし、不忍通りを渡った。そして、「検問を止めろ」「何をしているんだ」「違法検問をやめろ」と言いながら機動隊員に接近した。

原告は、それから、機動隊員の間を通り抜けようとして、原告から見て一番近いところで楯を構えていた機動隊員の背後から片手を伸ばして向かって左側、すなわちタンポポ側の機動隊員の構えている楯の右上端を押えて手前に引張った。

すると、機動隊員は、原告のほうに向き直り、原告を取り囲んで原告の説得・抗議活動を押え込もうとしたので、原告はそれを振りほどこうとしていた。そうすると、背後から「この男を逮捕しろ」との声が上がり、原告は二名の機動隊員に両脇を抱えられて拘束された。

(三) 本件現行犯逮捕後の状況

逮捕後の上野警察署での弁解録取段階で、原告が告げられた被疑事実は機動隊員の肩を引張ったというものであり、楯を蹴ったという事実は含まれていなかった。ところが、翌日の平成二年六月一八日の取調べの段階で楯を蹴ったという事実(ただし、飛び膝蹴りをした、というものではなかった。)が取調べ係官から告げられ、さらに検察庁で初めて文章化した被疑事実を告げられたが、その時点での被疑事実は機動隊員の楯を蹴り、その右肩を引張るなどの暴行を加えたというものであり、飛び膝蹴りをしたとの被疑事実は告げられていない。飛び膝蹴りをした、という被疑事実が初めて告げられたのは、平成二年八月一日付の警視庁総務部広報課長名の第二東京弁護士会宛の回答書においてであった。

(四) 被告のその他の主張について

楯を引張る行為は暴行に該当しないし、右事実は現行犯逮捕の際被疑事実としては何等告知もされていない。

また、原告は逃げようとはしておらず、逮捕の必要性もなかった。

4  原告の損害(争点2)について

(原告の主張)

(一) 弁護活動侵害による損害

原告は今回の事件によってその後の弁護活動に多くの支障をきたし、大きな心痛を覚えているが、これにも増して、多くの同僚及び先輩弁護士の友情と支援、弁護士会の役員や委員会等の本件弁護権侵害に対する深い理解と力強い励ましに対し、感謝の念を抱くと共に、少なからざる心苦しさを日夜感じている現状である。本件現行犯逮捕によって原告が影響を受けるに至ったこうした物心両面における苦痛、損失は、いわゆる無形の損害として十分に賠償されるべきである。

(二) 身体拘束による損害

原告は、本件現行犯逮捕後、警視庁上野警察署に移送されて所持品の検査及び取調べを受け、同夜は同署の留置場に留置された。翌日の平成二年六月一八日取調べを受けた後、同日午後八時ころ東京地方検察庁に送致されて検察官の取調べを受け、同日午後八時五三分ころ釈放された。この三三時間の身柄の拘束により、原告は、担当していた訴訟事件の準備書面の校正、証人尋問、打合せ等の業務をすることができなくなり、これら弁護士としての重要な業務について責任を果たしえなかったこと、あるいは、本件現行犯逮捕当日に予定していた家族揃っての食事の機会を奪われたことによる精神的苦痛を受け、肉体的にも甚だしい苦痛を受けた。

(三) 名誉・信用毀損による損害

本件現行犯逮捕の事実は、当日の平成二年六月一七日の夜にテレビ、ラジオによって報道され、翌一八日は首都圏の各新聞の朝刊によって報道された。こうした報道によって、弁護士である原告が機動隊員に暴力をふるったとの嫌疑で逮捕されたという事実が世間一般に知れわたり、原告は、弁護士という職業にとって重要な名誉と信用を著しく傷つけられた。

(四) 損害額

以上の三つの損害項目を包括的に捉え、本件現行犯逮捕が前記のような逮捕前後の事情から見て故意又は重大な過失によるものであるから、責任が加重されるべきであることを考慮すると、原告の損害額は少なくとも金一〇〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

原告が逮捕され、約三三時間身柄の拘束を受けたこと及び本件現行犯逮捕の事実が報道されたことは認めるが、その余の事実は不知であり、主張は争う。

第三争点に対する判断

一本件検問の態様(争点1(一))

1  本件検問に至る経緯

(一) F小隊長らの検問態勢と本件検問前の検問活動について

警視庁第七機動隊第一中隊第三小隊のF小隊長以下一〇名の機動隊員は、平成二年六月一七日午前一一時ころから、タンポポ前の本件歩道上で、本件集会等参加者などに対する検問に当たっていた。この検問は、主として、本件集会等参加者による集会会場内への危険物の持込みを防止する目的のものであった。したがって、危険物所持の疑いがあると当該部隊の責任者であるF小隊長によって判断された者が、検問の対象者となっていたものである。その判断は、所持者の言動、服装、所持品の状態、性別、年齢等の個々の具体的な状況によって行われた。F小隊長らは、検問を実施する時以外は、一般人の通行を確保するため、タンポポ前の本件歩道上のタンポポ側に寄って待機していた。

F小隊長らは、同日、本件検問の前に二、三名に対する検問を実施し、いずれも当初は所持品の提示を拒否されたが、説得によって、所持品の提示を受け中身を確認し、検問の目的を達成していた。

(E証言第五回弁論七〜九頁、F証言八〜一一、六五、六六頁、G証言三三〜三五頁)

(二) Aらの本件集会等当日の服装、持物、本件検問前の行動について

(1) Aらは、本件集会等に参加するため、営団地下鉄千代田線湯島駅で下車して不忍通りに向かって歩き始め、不忍通りに突き当った台東簡裁前交差点のところで右折して本件歩道に入り、上野公園水上音楽堂東門に向かった。Aらは、本件歩道に入る前にも不忍通りと春日通りとにはさまれた道路に機動隊員が居ることに気がついたが、本件歩道に入ってすぐに、上野公園東門付近とタンポポ前あたりに機動隊員が固まっていること、東門には機動隊員の他マイクを使ったりして検問に抗議する人達がいることに気付いた。

(A証言一〇〜一二頁、B証言四、五頁。これらの証言は、不忍通りと春日通りにはさまれた道路上で機動隊員が警備についていたとするG証言一三九〜一四一頁にも合致するし、<書証番号略>の検証の結果によると、出動服にヘルメットを被った機動隊員の姿はそれなりに目立ち、とくにタンポポ前の機動隊員の中には楯を持った者もいたこと、東門前での検問に対するマイクでの抗議はかなりの音量であったことが認められることからすると、台東簡裁前交差点付近からでも東門前やタンポポ前の状況を認識することは可能であると解せられるから、信用してよい。)

Aらは、Tシャツ、ジーンズといった服装で、帽子、サングラスをつけている者が三名ずついた。Aらはそれぞれ紙袋やショルダーバッグなどのバッグを持ち、バッグの中にヘルメットを入れている者もあった。AとBは、バッグの他に、それぞれ1.2メートルと1.6メートルくらいの長さの旗竿を一本ずつ手に持っていた。

(A証言五〜一〇頁、B証言二〜四頁、<書証番号略>)

(2) Aらは、その後、タンポポ前のF小隊長らの居た場所から三〇メートル程度手前にあるパークサイドホテルの前で一旦停止した(当事者間に争いがない。)が、これは、タンポポ前で不忍通りを横断するための信号待ちをすると、そこに待機している機動隊員の検問を受けるおそれがあったので、これを避けるためであった(A証言一四頁)。

Aらが右のように一旦停止した際の同人らの行動について、被告は、AらがF小隊長らの方を見ながら、肩にかけたりして持っていたバッグ等を地面におろして中の物を確認しているような行為に出たと主張し、これにそう証言もある(E証言第五回弁論一一、一二頁、F証言一三、六九〜七一頁)。しかし、Aは本件集会等の前年の六月行動の集会に参加した際に機動隊員からボディーチェックを受けた経験を持ち、本件集会等でも検問を予想していたこと(A証言一〇頁)、Bも過去の集会参加の経験で機動隊には警戒心を抱いていたこと(B証言六、七頁)、前述のとおりAらは停止する前に東門やタンポポ前にいた機動隊員の存在に気がついていたことからすると、F小隊長らのいる三〇メートル手前まで接近してから荷物を点検したり、仮に危険物を持っていた場合にこの地点でそれを捨てたりすれば、機動隊員の不審を招くことになることは分かったはずであり、そうだとすると、ここでそのような行動に出ることは極めて不自然であると考えられる。むしろ、会場に入る前に機動隊員による検問を受けるのではないかと思い、タンポポ前で横断歩道の信号待ちをしているとタンポポ前にいる機動隊員による検問を受けるおそれがあるが、検問を受けるのであれば検問に抗議する人達のいる東門で受ける方が良いと判断し、タンポポ前で信号待ちをするのを避けるため、タンポポ前の機動隊員がいるところから三〇メートル程度手前のパークサイドホテルの前あたりで一旦停止してタンポポ前の歩行者用信号が青信号に変わるのを待った、というAらの説明(A証言一三〜一六頁、B証言六、七頁、<書証番号略>)の方がその時の状況からして合理的である。そうすると、ここで立ち止まっている間、Aらが所持品をあらためるような行為に出たとの事実についてはこれを認めることはできない。

ただ、タンポポ前に機動隊員がいたことが停止の原因であり、また、信号待ちをしていたのであるから、Aらが、タンポポ前のF小隊長らや信号を、注視しないまでも見ていたことは推認することができ、また、Bは、右肩だけにかけていたナップザックを両肩にかけ直して背負う形にしたこと(B証言八頁)からすると、その判断が合理的であるかは別として、これがF小隊長らがAらを不審者であると判断した一つの理由となったことがうかがえる。

2  本件検問の状況

(一) 本件検問の直前の状況について

Aらは再びタンポポ前方向に歩き始めたが、その直後ころF小隊長がAらに対する検問を行うことを決め、自分を含めて片側五名ずつの二列が向き合う隊形をとるよう指示したこと、その列の長さは三メートル程度であったこと、一〇名の機動隊員の内、楯を持った四名が、列の上野駅側すなわちAらから遠い方に各列に二名ずつそれぞれ楯を身体の前に身体と平行になるように持って並んだことについては、当事者間に特に争いはない。

二列の機動隊員の間の距離については、被告は1.5メートル程度あったと主張し、それにそう証言(E証言第五回弁論一四頁、F証言一五、一一五頁)もあるが、他方、人が一人通れるくらいの幅であったとの証言(A証言二〇、六七頁、B証言一三頁)もある。そこで、タンポポ前の本件歩道の幅等客観的な状況について検討すると、原告が、原告代理人らによる現地での計測の結果であるとする数値(これについては被告も特に争っていない。)によれば、本件歩道は幅員は約3.65メートル(E巡査も幅員は約3.5メートルと述べている。E証言第五回弁論一四頁)、本件検問当時にはあった植込みの範囲と推定される部分を除くと約2.3メートルであったと認められるが、歩道一杯を検問に使うとすると歩道上を通行する一般通行人の通行が完全にできなくなることから、当然、一般人の通行を確保するためにタンポポ側若しくは車道側又はその両側に通行人が通れる程度の一定の空間を開けたと考えられ、更に機動隊員の胸の厚みや楯の幅なども考え併せると、機動隊員と機動隊員とに挟まれたその間の幅は、1.5メートルもあったとは認められず、広くともせいぜい一メートル程度であったことが推認される。

(二) その後の本件検問の状況について

(1) 被告の主張によれば、AらがF小隊長らの目前に来たところで、F小隊長はAらに向かって荷物を見せて下さい等と言って停止を求めたが、Aらはそれに応じず、いきなり手に持っていたバッグ、ナップザック等の所持品を抱えこみ、無言のまま列の間を走り抜けるようになだれこんできた、そのため隊列は乱れ、機動隊員の間を突破しようとするAらと、同人らを停止させようとする機動隊員とが入交じった状態となった、その状態の中でもF小隊長らは、荷物の確認を求めて説得活動を行ったが、Aらは、どけなどと大声で言いながら身体ごと機動隊員を押込む行為を続け、タンポポ側の列の最後尾に位置し台東簡裁方向を向いていたE巡査の楯にぶつかり、その勢いでE巡査は、楯が道路側に、道路に対して平行状態よりさらに上野駅方向に開いた状態になるまで、身体ごと回転させられてしまった、というものであり、E及びFの証言はこれにそう内容となっている(E証言第五回弁論一六〜二一、五八、五九、九一〜一一二頁、F証言一七〜一九、八五〜一〇一頁)。

(2) しかし、まず、ナップザックを抱えこんでいたとの点は、Aらの内唯一ナップザックをもっていたBが本件検問の最中にそのナップザックを背負っていたことが、<書証番号略>についての検証の結果(以下「第一回検証結果」という。)及び<書証番号略>の写真75〜78により明確に認められること、及び本件検問の最中に背負ったことをうかがわせる事情も認められないことから考えると、明らかに事実に反するといわざるを得ない。

次に、Aらが機動隊員の間を突破しようとなだれこんできたという点についても、Aらは前記のとおりタンポポ前での検問を回避しようと思っていたのであるから、機動隊員の列の中に入る前に検問のための停止を求められていたのであれば、当然それを避けるような行動に出たであろうと思われることからするとなだれ込むというのも不自然である。また、機動隊員の列の間は既に検討したように、決して広い空間とはいえず、機動隊員の列の外側には通行用の空間が確保されていたと考えられることからすると、わざわざ機動隊員の列の間に入る必要はなかったはずであり、あるいは、この時点で検問のための停止を求められていないとすれば、なおのこと突然狭い隊列の間になだれこんでくるという行動は考え難い。また、Aらが機動隊員に対する接触によって公務執行妨害罪の疑いをかけられることを警戒していたこと(A証言二七頁)から考えても、敢えて機動隊員の列の間に突入するということは合理性を欠く。

さらに、Aらが機動隊員の間を突破しようとしたために最後尾のE巡査の楯にぶつかり、E巡査はその勢いに押されて楯と共に身体が九〇度以上不忍通り側に回転させられてしまったという点についても、以下の点から不自然といわねばならない。すなわち、Aらが列の中になだれこんできた後の混乱状態の中で、AらがE巡査の楯にぶつかってE巡査の位置が変わってしまったとすると、Aらはその時点で以前にも増して前進の勢いが生じていたはずであるが、そうであれば、E巡査の位置を変えた勢いで少なくともAらのうち先頭にいた者の身体が機動隊員の列から外に出ると思われるのに、E証言(第五回弁論一二七頁)ではAらの内の誰も列の外に出ていないとしており、整合性を欠いている。その理由としてE巡査は、楯にぶつけられて楯と顔の向きは変わったが、身体で止めていたと証言する(E証言第五回弁論一一六頁)が、このような勢いでぶつけられたのに身体の位置が変わらずに向きだけ変わったというのも考えにくい。また、E証言(同二〇〜二二頁)では、E巡査の楯が回転したところに原告が不忍通りの方から走ってきて飛び膝蹴りをするように楯にぶつかってきたというのであるが、そのとおりであるとすると、その時の楯は、後に詳しく暴行の存否に関して検討するように、<書証番号略>であるビデオテープのその時点の撮影方向にほぼ正対する向きになっていたと考えられ、その存在が映像に記録されていなければならないはずであるが、第一回検証結果あるいは写真撮影報告書(<書証番号略>)や写真作成書(<書証番号略>)によっても、原告がF小隊長らに接近した前後に右状態になっている楯を確認することはできず、また、他にこれを裏付ける根拠となる証拠はない。そうすると、AらがE巡査の楯にぶつかって楯が開いたとの事実自体を認めることができない。

被告は、Aらが列に入った後、荷物を身体の前に抱えて身体ごと機動隊員を押込む行為を続けたことは、原告の供述(二四、三三、九九、一〇〇頁)によっても明らかであるとする。すなわち、右供述によれば、原告が最初にF小隊長らとAらの一団を発見した時と原告がタンポポ前に到達した時点では右一団は上野駅方向に五メートル程度移動したことになると指摘し、このことからしても、Aらが上野駅方向に力を加えていたことが認められると主張する。しかし、発見当初の右一団の位置についての原告の供述は、全体としてどのあたりにあったかという問いに対する答であるのに対し、他方、タンポポ前に到達した時点での右一団の位置についての供述は、原告が右一団に接近した段階での原告と一団の最前列との距離について述べたもので、必ずしも一団の全体の位置関係を主眼においた供述とは認められないから、右の供述の対比をもって右一団が五メートル上野駅方向に移動したと認めることはできない。

(3) 以上、被告の主張にそう証言は客観的な証拠に照らして事実に反する点がある他、全体として合理性に欠け、信用性に乏しいといわざるを得ず、結局、被告の前記主張を認めるに足りる証拠はないことになる。

(4)  そこで、本件検問がどのような状況であったかを検討すると、まず、AらがF小隊長らの列に入った時点において特に混乱が生じたことをうかがわせる証拠もないから、Aらのそれまでの行動が前記のとおりであることから考えて、Aらは、通常の歩行速度で列の中に進入したものと推定してよい。この時、Aらは一列になっており(当事者間に争いはない。)A、B、C、Dの順であった(<書証番号略>)。なお、通常の速度で進行し、機動隊の列の外に通行することができる幅があったのにその間に入ったのは、列の外を通ろうとしたら別の人が手を広げて通せんぼするようにしたので列の中に入らざるを得ない形になったものであり、一列になって入ったのは二列の機動隊の間には一人しか入れない程度の幅しかなかったからである旨のA証言(二〇頁)は、客観的状況に照らし、信用性が認められる。そして、AらがF小隊長らの列の間に入った後に、Aらの進行方向の列の奥にいた楯をもった機動隊員がAらに楯を向けるように、すなわち、台東簡裁前交差点方向に向きを変えたことは、当事者間に特に争いがなく、前記のとおり機動隊員の列の間は比較的狭いものであったことからすると、楯をこのような向きに変えることで列の先端が閉じられる形になったものと推認される(現にそうでなければ、Aらは楯と楯の間を通り抜けてしまい、引きとどめて説得活動を継続することはできないはずである。)。

この後の状況については、Aらが前記のとおり通常の歩行のペースで進入してきた後、F小隊長ら機動隊員が所持品の提示を求める発言と共にAらの所持品を引張る、あるいは、身体に触る等の行為をして、Aらはそれに口頭で抗議したり、荷物を引張られないように所持品を抱えこんだりしていたことが認められる(A証言二〇〜二八頁、B証言一三〜二二頁、<書証番号略>)。そして、Bが背負っていたナップザックのジッパーが本件検問前までは閉じられていたのに本件検問が終わってみると開けられていたこと(第一回検証結果、<書証番号略>の写真75〜78、80)、Bの後から列に入ったCやDが右ナップザックを開けることも考えられないことからすると、本件検問の過程で、いずれかの機動隊員がBのナップザックを引張った際に口が開いてしまったか、あるいは意図的にジッパーを開けたものと認めざるを得ない。

3  本件検問後の状況

本件検問の途中で原告が逮捕される事態となったが、それに抗議する人などで付近が混乱状態となったことや、原告の身柄確保の必要があったことから、F小隊長は、これらに対処することを優先させ、本件検問を打ち切ったため、Aらはタンポポ前を離れ、不忍通りを渡って東門前に到達した(当事者間に特に争いはない。)。

二本件検問の適法性(争点1(二))について

1  警職法上の職務質問として適法か

(一) 通常検問と呼ばれている警察官による活動は、職務質問又は所持品検査あるいはその双方を意味するものであるが、まず、本件検問が、警職法二条一項に規定されている職務質問あるいはそれに付随するものとして認められている所持品検査として適法であるかについて検討する。

職務質問について、警職法二条一項は、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者……を停止させて質問することができる。」と規定している。したがって、まず、相当な理由をもって何らかの犯罪を犯し、又は犯そうとしていると疑われること、すなわち、質問の対象者に不審事由が存在することが必要である。この不審事由の存在は、対象者の異常な挙動やその他周囲の事情から合理的に判断されるものでなければならないが、その判断に当たっては、当該対象者の挙動や周囲の状況のみならず、警察官が既に得ている警備情報なども判断材料として総合的に考慮することができると解せられる。

(二) そこで、被告が本件検問の必要性として主張するところについて検討する。

まず、本件集会等と同じく「六月行動」の一環として過去に行われた集会等での違法行為や逮捕事案、本件集会等参加団体の過去の違法行為や本件集会等への取組姿勢、内ゲバや右翼団体との衝突のおそれなどの主張についてみるに、本件集会等が毎年六月に集会等を行っていた「六月行動」の一環であることは当事者間に争いのないところであるが、過去の六月行動の集会においては、公務執行妨害罪、あるいは、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「東京都公安条例」という。)違反による逮捕者が出ており、右翼団体による攻撃があったことがある(<書証番号略>)。また、本件集会等の参加予定者として、その割合については被告の主張する全体の八割に達していることを認めるに足りる証拠はないものの、被告の主張する団体のいくつかが含まれており(<書証番号略>)、これらの団体については過去に六月行動とは別に危険物を用いた違法行為をした可能性が高いと考えられていた(<書証番号略>)。さらに、これらの参加予定団体と対立していた団体が、本件集会等の半年前から特定の参加予定団体に向けて攻撃の意思を表明していた(<書証番号略>)。そして、本件集会等にどのような団体が参加するかは、本件集会等の警備に当たり、F小隊長の認識するところであった(F証言四〜六頁)。

次に、本件検問前における被検問者の挙動等について検討するに、Aらの本件集会等当日の服装、持物、本件検問前の行動については前記認定のとおりであり、AらはF小隊長らの三〇メートル程度手前で停止して、その間F小隊長らの方を見るような態度をとっており、一人がナップザックを肩にかけ直したりしている。しかしながら、被告主張の所持品確認などの不審な行動については、これを認めることができないところである。

右認定事実に基づいて考えると、本件集会等については一般的に警備を要する事情が存在したということができるものの、そのことから本件集会等に参加する者全員について違法行為を行うおそれを肯定することができないことは当然である。したがって、本件集会等の参加者であると予想されるだけで、その者に対する職務質問の必要性を認めることはできず、被検問者が違法行為を犯す危険性の高い参加団体のメンバーであると疑われ、具体的に本件集会等で違法行為に及ぶかもしれない不審な行動があるなどの事情が必要であると考えられる。本件では、Aらが右のような団体のメンバーであると疑うに足りる事情は認められないし、右のAらの挙動等に関する事実からは同人らが本件集会等に参加することは認められても、そこで違法行為に及ぶことまで疑うことは合理的ではない。そうすると、右認定の事情を総合考慮してみても、客観的に当時のAらに何らかの犯罪を犯し、又は犯そうとしていると疑うに足りる相当の理由があるとはいえず、警職法上の職務質問の要件が存在すると認めることはできないといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件検問は、警職法二条に規定する職務質問の要件を欠き、これに付随する所持品検査の有無あるいはその態様を検討するまでもなく、右の職務質問に該当するものではないといわねばならない。

2  警察法に照らし適法か

(一) 被告は、警察法二条からも職務質問及び所持品検査の正当性が導かれると主張するので、この点について検討する。

警察法二条一項は、警察の責務の一つとして、「公共の安全と秩序の維持に当たること」を定めている。このことに照らすと、集会等に伴って違法行為が行われるおそれのある場合には、警察官において当該集会等に先立って職務質問をしたり、所持品の提示を求めて確認したりすることは、強制にわたらない、任意の協力を求めるものである限り、右の責務を実現する手段として許されることがあると解せられる。その場合、任意のものであっても、その対象者に対し右職務質問等の行為に出ることを必要とすべき事情があることが必要であり、手段としても相当な方法によるべきものと考えられる。そして、右の相当性を判断する場合には、発生のおそれのある違法行為の内容、発生の可能性の大きさ、職務質問等の行為によって得られる公共の利益とこれによって害される個人の法益との権衡などを考慮すべきである。

(二) 本件集会等における検問の主たる目的は、その警備を必要とした前記の事情や実際に所持品を持った者を対象としていたことなどから、所持品を検査することにあったということができる(E証言第五回弁論六、八、九頁、同証言第六回弁論四二頁、F証言六、三五〜三九、四三〜四六頁)。そこで、まず、主として所持品検査の必要性の観点から本件検問の必要性について検討する。

本件集会等の性格、過去の集会における違法行為の有無などの被告主張に対する判断及びAらの挙動等については、右1(二)記載のとおりである。

右の事実からすれば、内ゲバや右翼団体との衝突を含めて、違法行為の発生するおそれが一般的にはあったことが認められ、そこで危険物が使用されるおそれも認められないではないから、本件集会等に先立って、相当量の所持品を持ってこれに参加すると認められる者で、違法行為を犯すおそれを否定できないものについては、所持品検査を主目的とした検問を行う必要性があったと認めることができる。そして、前記のとおりのAらの服装、持物、行動等からみると、同人らが具体的な犯罪を犯すおそれは肯定できないものの、Aらを対象とする本件検問を行う必要性についてはこれを認めることができる。

(三) そこで、本件検問の手段の相当性について検討する。

本件検問の態様は、前記認定のとおりであり、検問の隊形はそれぞれ五名の機動隊員が二列に並び、その間に入ると機動隊員の体に触れないでその隙間から外に出ることは困難な距離関係にあり、また歩道上をそのまま前進すれば、機動隊員の楯に衝突し、それ以上前方に進むことのできない状況になるよう形作られており、無理に出ようとすると、機動隊員の体や所持する楯を押し開かねばならないことから自由にその囲いから脱出できない構造となっており、現にAらは混乱状態の中で初めて右囲いから脱出できたものである。したがって、本件検問により、被検問者は所持品検査の説得に応じなければその囲いから出ることができない状態に置かれることになったことが認められ、そうした形態で所持品検査を実施することは、被検問者の自由な意思決定を阻害するおそれが高く、検問の手段としては著しく相当性を欠くものと認めざるを得ない。

さらに、既に認定したとおり、被検問者であるAらは検問者であるF小隊長ら機動隊員に対し所持品検査を行うことを承諾しておらず、また、その間を突破しようとするといった行動に出たとは認められないのに、機動隊員らにおいてAらの荷物を引張りBの持っていたナップザックの口が開いてしまう状態にしたか、又はナップザックのジッパーを故意に手で開けたものである。そうすると、所持品検査のため停止を求める任意手段としてある程度の有形力の行使が認められるとしても、Aらに停止した理由は何かなど不審と思われた行動の理由等について質問し、これに対する応対に疑念を抱くものがあったなどの形跡もない以上、前記の本件検問の必要性のもとでは、本件検問の方法はその限度を超えた違法なものといわざるを得ない。

したがって、個別的な所持品検査に至ったといえるかどうかについては必ずしも明確ではないものの、その検討をするまでもなく、本件検問は、任意の協力を求める検問としては、その手段の相当性を著しく欠いた違法なものであったといわねばならない。

三原告の暴行の有無(争点1(三))について

1  本件検問が違法なものであるとしても、原告による暴行の事実があった場合に、本件現行犯逮捕の適法性が認められる余地があると解せられるので、原告による暴行の有無について検討する必要があるところ、被告は、原告による暴行(本件現行犯逮捕の被疑事実)として、第一に、E巡査の楯に右半身の姿勢で右足を曲げ、飛び膝蹴りをするように、その大腿部付近の外側部分をぶつけた行為、第二に、E巡査の右肩を両手でつかみ、前後に揺さぶり、さらに強く引張った行為を主張するので、以下順に検討を加える。

2  まず、第一の行為がされた前後の状況についての被告の主張は、本件検問の最中にAらの先頭にいた者がE巡査の楯にぶつかってきて、その勢いに押されたE巡査は楯ごと、不忍通りと平行以上に上野駅方向を向く格好になってしまったところ、道路側から叫びながら走ってきた原告が、E巡査の楯の中央部分に右半身の姿勢で、飛び膝蹴りをするように大腿部付近の外側部分をぶつけてきた、E巡査は一、二歩後ずさりしたがすぐに態勢を立て直して検問活動に当たった、というものであり、E証言(第五回弁論二〇〜二三頁)及びD証言(一四〜一七頁)はこれにそう内容となっている。

しかし、右の証言部分は、前記認定事実に反し、第一回検証結果とも合致せず、信用性に乏しい。まず、楯が道路側に向いたことは、前記のとおり、これを認めることができない。そして、原告は最初に右半身の姿勢で大腿部を地上から八、九〇センチメートルくらいの部分にぶつけてきたというのであるから、機動隊員に接近した時点での原告の姿勢は、右足が前に出るような格好で、しかも地面からかなり離れている状況でなければならないと解せられる。ところが、原告が機動隊員の列に十分接近したと認められる時点以降の原告の姿勢は、確かに右半身ともいえるところがうかがえるものの、右足よりも右手が前に出ている状況であり(第一回検証結果、<書証番号略>)、右足を意識的に挙げているような状況も特に認められない。また、原告は本件検問を現認して早足ないし駆足でタンポポ前に向かっていた(第一回検証結果、原告供述一〇二頁)ものであり、Eの証言によれば、楯が開いたのは瞬間的なできごとであって、たまたま瞬間的に開いたその楯に遠方から駆けつけたばかりの原告が飛び膝蹴りをするように意図的にぶつかるというのは、一般に困難な所為であるといわねばならない。

被告は、<書証番号略>のビデオテープに録音されている「コン」という音が、まさに原告がE巡査の楯にぶつかった時の音であると指摘するが、右の音が人が楯にぶつかった時に出る音であるとは認定できず、被告が実際に同様の距離で実験した場合の音(<書証番号略>の検証の結果、以下「第二回検証結果」という。)との同一性あるいは類似性を認めることもできない。さらに、右の<書証番号略>のビデオテープは本件集会前の東門から撮影されていたものであるが、撮影当時の東門付近はマイクを使って検問に抗議する人がいたりしてかなり騒々しい状況であったのであり(第一回検証結果)、他方、前記認定のとおり、本件検問現場もAらが抗議をするなどして声を出し、騒然とした状況であった。このような状況で不忍通りをはさんだ反対側の歩道上の音が録音されるとは考えにくいし、もしこの音が収録されているとすると、機動隊員に接近しながら大声を上げていた原告(この点は当事者間に争いがない。)の声も収録されているはずであるところ、第一回検証結果によっても、これが録音されているとは認識されないのである。したがって、右の「コン」という音が、原告が楯にぶつかったときの音であると認めることはできず、また、この音をもって原告が楯にぶつかった事実を裏付ける事実と認めることもできない。

以上からすると、原告が飛び膝蹴りをするように楯にぶつかったという事実は、これを認めることはできない。

3  次に、第二の行為がされた前後の状況についての被告の主張は、原告が楯にぶつかってきて一、二歩後ずさりしたE巡査は、すぐに態勢を立て直して検問活動を続けたが、原告はE巡査とその隣で楯を持っていたH巡査の間から割り込もうとし、その後、台東簡裁交差点方向に向いていたE巡査の背後から、E巡査の右肩を両手でつかんで前後に揺さぶり、強く引張った、このため、E巡査はタンポポの店頭に設けられた植込みの側壁まで後退して側壁に背中がもたれかかるように当たった、というものであり、E及びJの証言は右主張にそうものとなっている(E証言第五回弁論二三〜二五頁、J証言一七〜一九頁)。

しかし、この点についても、右各証言は、第一回検証結果に反し、信用できないものである。すなわち、原告がE巡査の肩を引張ったため、E巡査は原告とともにタンポポ店頭の植込みの側壁にもたれかかるようになって、背中が側壁に当たったというのであるから、その時の原告は不忍通りの方向を向いて、しかも、E巡査とかなり近い位置関係にあるはずであるところ、原告が不忍通りの方向を向くようになった状況において原告のすぐ前面に機動隊員がいることは認められず、かえって側面の機動隊員から制止され、まもなく制圧されているような状況が認められる(第一回検証結果、<書証番号略>)。また、肩を引張られている時点でのE巡査の向きがEの証言どおり台東簡裁前交差点方向であるとすると、原告も同方向に向いていたことが仮定されるが、その状況下での原告の姿勢は右半身のような状況であり、その時の右手の位置からすると、両手を前に出していたとは認めにくい。第一回検証結果から認められる全体的な原告の動きの流れからすると、原告が機動隊員の肩を揺すぶるなどの積極的な行為に出ていたとは認めにくく、むしろ、原告が機動隊員に接近した後ほどなくして複数の機動隊員が原告を取り囲むような状況であったことが認められるのである。また、被告の主張及びこれにそうEの証言によれば、原告が楯に飛び膝蹴りをしてから逮捕するまで、一〇ないし一五秒の時間的間隔があったというのであるが、E巡査の時間に関する記憶に多少不確かな点があるとしても、被告主張のような行為がされたとすれば、確かにそれと余り異ならない程度の時間的間隔が必要であると思われる。ところが、第一回検証結果及び<書証番号略>によれば、原告が本件検問現場に到着してから右のとおり機動隊員に取囲まれて行動を制限されるまでの時間は僅か五、六秒程度しか経過していないと認められ、その間に第二の行為がされたとは到底考えられないのである。

以上からすると、被告が主張する第二の行為の存在についてもこれを認めることはできない。

4 ところで、原告は、機動隊員の所持する楯の端に手をかけて引張った事実を認めており、被告は仮定的に機動隊員の現認した事実と実際の行為の内容が異なるものであったとしても、公務執行妨害罪における暴行の事実が存在していた以上、本件逮捕は適法である旨の主張をしているので、原告が自認する右の行為が公務執行妨害罪における暴行に該当するような有形力の行使であったかが問題となるところ、この点について、原告は、機動隊員の間を通してもらうための入口を作ってもらおうといった程度の瞬間的な行為であり、楯は基本的には動かなかったと供述する(三五、三七、一二〇頁)。楯が動いたかどうかの点は二、三〇センチメートル程度動いたとのAの証言(三二頁)と若干のくい違いが認められ、当時の状況からしてどちらの証言が正確であるとも決めにくいが、第一回検証結果において明らかな原告及び周囲の機動隊員の動きの流れからすると、楯が前後に動いたとしても、原告が楯に加えた有形力の程度は、瞬間的に手をかけた程度にとどまるものと解され、およそ公務の執行を妨害するに足りる態様のものとは認められない。

四本件現行犯逮捕の適法性について

1  右によれば、本件検問は違法なものであったといわざるを得ず、これに対する公務執行妨害罪が成立する余地はなかったものというべきである。すなわち、本件検問の態様は前記認定のとおりであって、その時点における具体的状況に即して考えみても、適法な職務の執行であると理解することができる状態ではなかったというべきであるから、本件検問は、単に事後的、客観的に違法であるとの評価を免れないだけでなく、当該行為時においてもはや公務の執行として公務執行妨害罪の規定による保護を受ける適格性を失っていたものと解せられる。したがって、公務執行妨害罪による本件逮捕は、違法であるといわざるを得ない。

また、原告が公務執行妨害罪における暴行を行った事実を認めることもできないから、この点からも本件逮捕は違法性を有する。もっとも、この点については、前記のとおり、原告がE巡査の楯を手でつかんだ事実が認められるから、公務執行妨害罪における暴行に該当しないとしてもその嫌疑は存在したのではないかとの考え方があり得よう。しかし、前記のとおりの本件における行為態様からは、そもそも公務執行妨害罪の嫌疑があったとは認め難いばかりでなく、原告の右行為につき被告は一次的にはその存在を否定しており、逮捕者であるE巡査も逮捕当時これを犯罪行為として意識していなかった(弁論の全趣旨)のであるから、現行犯逮捕が認められる趣旨に照らせば、このような行為について仮に事後的に犯罪行為の外観を備えていると判断されたとしても、そのことをもって現行犯逮捕を正当化し得る犯罪の嫌疑が存在したとするのは相当でないというべきである。したがって、原告が自認する楯を手でつかんだ行為があったとしても、これをもって本件逮捕の基礎となった公務執行妨害罪について、犯罪の嫌疑があったと解することはできない。

2  以上のとおりであるから、本件検問は違法なものであり、それが適法であるとの前提で行われた本件現行犯逮捕は、逮捕の理由となる犯罪の嫌疑がないのにこれをあるとして行った逮捕であって、適法なものとして是認することはできない。したがって、逮捕の必要性について検討するまでもなく、本件現行犯逮捕の適法性を認めることはできない。

五原告の損害(争点2)について

原告は、本件現行犯逮捕により逮捕され、その後約三三時間身体の拘束を受けて釈放されたが、原告は弁護士として本件集会等において当日検問監視活動を継続し、また、右身柄拘束の期間中、他の弁護士業務を遂行する予定であったところ、本件逮捕によりいずれの業務も遂行できない状況に置かれるとともに、右逮捕の事実が逮捕の翌日の新聞各紙朝刊に報道されたことが認められる(<書証番号略>。ただし、被告が発表したと推認される部分では黙秘している「男」というのみの報道であり、原告の氏名は内田弁護士らの記者会見によって明らかにされた事実として報道されている。)。右のとおり本件現行犯逮捕によって、原告は弁護士としての業務に支障を来し、個人として身柄拘束による心身の苦痛を受け、これが一般の新聞に報道されたことにより、弁護士としての社会的信用が低下するおそれのある状態が生じたものと認められ、これらはいずれについても、本件現行犯逮捕及びその後の約三三時間にわたる身体拘束に起因する相当因果関係のある損害であると認めることができ、以上の事実のほか、原告が述べる種々の事情(原告供述七三〜七七頁)の存在すること、原告は検察官送致後は直ちに釈放されその後起訴されるには至らなかったことなど諸般の事情を総合的に考慮すると、右逮捕行為により原告が被った右の有形、無形の損害を金銭に換算すると、金一〇〇万円が相当であると解される。

第四結論

以上の次第で、原告の請求は、金一〇〇万円の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官相良朋紀 裁判官大塚正之 裁判官渡邊真紀)

別紙代理人(弁護士)目録

辻誠

小掘樹

笹原桂輔

木村濱雄

羽成守

伊藤博

浅野憲一

柳沢義信

落合修二

大川隆康

真部勉

小野田六二

古賀正義

田宮甫

戸田謙

中根洋一

内田雅敏

芳永克彦

山崎惠

泉芳政

尾崎陞

井上正治

江口保夫

後藤昌次郎

山本博

高橋修

秋知和憲

小竹耕

飯田孝朗

儀同保

掘合辰夫

山花貞夫

山田有宏

猪熊重二

河合怜

久木野利光

保持清

山近道宣

北村忠彦

船戸実

宮里邦雄

小川修

加藤隆三

菊地史憲

斎藤驍

小野寺利孝

金子光邦

高橋崇雄

水上学

亀井時子

高橋庸尚

糠谷秀剛

森田聡

八塩弘二

五十嵐二葉

近藤俊昭

平賀睦夫

安岡清夫

荒木和男

兒島惟富

坂井興一

高山俊吉

田原昭二

鳥越溥

舟橋一夫

山崎素男

渡辺千古

小口恭道

久保田康史

寺井一弘

西口徹

有賀信勇

澤藤統一郎

堀川日出輝

山田勝昭

吉永満夫

井上庸一

江森民夫

鈴木一郎

寺崎昭義

中島義勝

二瓶和敏

戸館正憲

成瀬聰

斎藤義房

新美隆

藤井郁也

吉澤雅子

吉田健

若旅一夫

角田由紀子

神頭正光

戸谷豊

藤沢抱一

山川豊

中園繁克

木澤克之

小野幸治

北村行夫

佐久間保夫

水野邦夫

小川正

虎頭昭夫

関智文

西畠正

村和男

村千鶴子

山嵜進

山根祥利

相澤光江

清井礼司

栗山れい子

住田昌弘

竹之内明

中野麻美

並木政一

野上邦五郎

藤井眞人

森井利和

江崎正行

後藤富士子

副島洋明

下林秀人

坪井節子

藤田康幸

的場徹

山脇哲子

横山康博

井上章夫

大津卓滋

尾嵜裕

笠井浩二

辻惠

鶴田岬

野田房嗣

吉峯康博

鐘築優

木下淳博

黒田泰行

菅沼一王

須田唯雄

冨永敏文

濱孝司

林浩二

村田敏

吉田康

赤羽宏

栗林信介

藤川元

舟木友比古

森健市

秋山洋

阿部正博

井口克彦

小島啓達

佐竹修三

篠塚力

由岐和広

伊井和彦

倉田大介

高木喜孝

直井俊

中村眞一

羽野島裕二

飯田正剛

遠藤憲一

坂井眞

酒向徹

武内更一

中西義徳

堀井準

石川善一

大森浩一

菅野庄一

桑原郁朗

佐竹俊之

城加武彦

濱田広道

蛭田孝雪

阿部井上

岡崎敬

小島滋雄

澤本淳

藤木達也

吉田勧

久保田理子

後藤栄一

内藤平

秀嶋ゆかり

赤川美知子

小林喜浩

谷眞人

中島信一郎

宮岡孝之

村木一郎

本林徹

小篠映子

千葉睿一

田賀秀一

稲井孝之

今井勝

岩井重一

上野伊知郎

市川巌

西村寿男

丸島俊介

川上俊明

塚越豊

馬場康守

江守英雄

大澤成美

菊地裕太郎

薦田哲

松田耕治

増澤博和

園高明

遠山秀典

武藤功

小松勉

安田隆彦

河野純子

佐藤誠治

田島潤

村本政彦

渡部公夫

金子正志

古賀政治

伊藤芳朗

小澤哲郎

草薙一郎

中村忠三

羽賀千栄子

山田冬樹

安部陽一郎

高畠敏秀

三浦修

北村晴男

松下正

山下幸夫

白井徹

高橋裕次郎

浜谷知也

長塚安幸

大崎康博

武田峯生

櫻木武

杉野修平

田山睦美

塩谷順子

奥川貴弥

金田英一

長谷川久二

玉井真之助

佐久間洋一

須山伸一

八木清子

弓仲忠昭

岩原武司

降籏俊秀

萩谷雅和

草葉隆義

山田義雄

高畑満

藤川明典

小林美智子

菰田優

佐々木正義

寺嶋芳一郎

小林伴培

新井章

川坂二郎

遠藤誠

内田剛弘

栂野泰二

羽生雅則

前田知克

上野登子

水嶋晃

秋山泰雄

井出嘉宏

角南俊輔

葉山岳夫

葉山水樹

近藤勝

志賀剛

南木武輝

川端和治

富永赳夫

永盛敦郎

遠藤昭

大川宏

門井節夫

仙谷由人

野島信正

村上吉央

森本宏一郎

鈴木宏

錦織淳

諸永芳春

藍谷邦雄

石田省三郎

坂入高雄

菅原克也

鈴木武志

羽柴駿

丸山輝久

若月隆明

岡田弘隆

小原健

金井清吉

佐藤博史

田村公一

飯野信昭

五百蔵洋一

小野正典

笠井治

栗林秀造

齋藤則之

菅原哲朗

鈴木五十三

鈴木淳二

吉成昌之

遠藤直哉

熊谷裕夫

佐藤優

藤森勝年

大室俊三

安原幸彦

花岡康博

井口多喜男

大谷恭子

黒田純吉

増井喜久士

山口廣

市川昇

鼎博之

金敬得

川上三知男

坂口公一

中村人知

中下裕子

藤井篤

古川景一

水上康平

井上智治

色川雅子

鈴木俊美

長谷一雄

宮本智

一瀬敬一郎

大口昭彦

海渡雄一

金子正嗣

北澤義博

鈴木純

竹内俊文

徳岡卓樹

中川瑞代

松井茂樹

幣原廣

後山英五郎

角藤和久

神山啓史

近藤卓史

林陽子

青木秀樹

伊藤良徳

岡本敬一郎

鬼束忠則

村本道夫

加城千波

阿部裕行

東澤靖

水口洋介

深山雅也

田中晴雄

山内容

福島瑞穂

佐藤光則

野中信敬

秋山清人

吉田瑞彦

紀藤正樹

野島正

平井昭光

古田典子

星野健秀

水野英樹

渡邉博

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